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伊藤一成
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信州ツーリング '93
自転車高原ツーリング二〇〇キロ
志賀高原から軽井沢・霧ヶ峰をへて松本へ
八月十一日午後十時、難波高速バスターミナルにてバスを待つ。やがて志賀高原行きのバスが入ってきた。左肩に十三キロ近い荷物をかけ、右手に五キロほどのバッグを持って近づく。終着までなので先に荷物を荷物室に入れてもらう。ウエストバッグとボトルだけを持って乗り込む。十時三十分、定刻にバスは発車。阪神高速に入った。
翌十二日午前六時四十分、予定時刻より少し早く志賀高原蓮池に到着。満席だった客も途中の長野でほとんど降りてしまい、五人ほどになっていた。標高千五百メートル、気温摂氏十五度。やはり肌寒い。すぐに自転車を組み立てる。三ヶ月前に購入してから二千五百キロ、山野をともに走ってきたMTB(マウンテンバイク)だ。新しい水を補給し、地図でコースを確認する。最初にめざすは標高二千百メートル、横手山渋峠だ。
七時三十分、蓮池を出発。いきなり十パーセントの登りだ。朝の身体にはきつい坂である。無理をせずギアを一気に落とし、ペダルをくるくると回す。一度だけ現れたわずかな下りに高原の空気を満喫する。一瞬の幸福だ。これから渋峠まで下りはないだろう。ツーリング中のオートバイとすれちがい、片手を上げ挨拶をかわす。やがて木戸池のキャンプ場をすぎる。テント泊だったハチ高原のツーリングを思い出した。秋にまた行くことにしよう。
三十分ほどで硯川の志賀草津道路ゲート跡に到着。前方に横手山が見える。スキーのゲレンデが草の帯となって上まで続いている。冬には賑やかなリフト乗り場も夏は廃虚のようだ。山頂付近はガスに覆われている。道は北斜面を右に左に振りながら登ってゆく。草津温泉へ向かうのか、自動車が追い抜いていく。オートバイのライダーが追い越しながら左手を上げエールを送ってくれる。しかし登りは長く、降りて押しては体力を回復させ、回復したらまた乗って漕ぐということを繰り返すようになる。標高二千メートルでガスの中に入った。見通しがきかなくなり、気温が下がる。気温変化のため高度計が精度を失ってしまう。突然風が強くなり寒さがひどくなる。登山の経験から峠が近いと感じる。
やがて、山頂へ上がるスカイレータの乗り場に着いた。乗り場の向かいにあるレストハウスに駆け込む。標高約二千八十メートル、気温摂氏十一度。自転車が倒されそうなほど風が強く、体感温度は零度近いだろう。サイクルショーツの上にレーサータイツと長ズボンを履き、Tシャツの上には長袖シャツとジャケットを着るが、それでも寒い。ついでにヘルメット、プロテクタ、サングラスを着ける。居合わせた見知らぬライダーに、寒い中写真をとってもらう。
道は横手山の山頂下をまき、渋峠へ緩やかに登る。視界が悪いのと下りにそなえて汗を抑えるため、乗らずに押していく。突然嘘のようにガスが晴れると渋峠に到着。北斜面と南斜面の気候変化がこうも顕著とは、さすがに横手山である。天気快晴、見晴らし最高。高原のすばらしい景色の中、アップダウンを繰り返し走る。コース中最高の標高二千百六十メートル点をすぎ、山田峠へ。草津温泉から上がってきたのか、同じくMTBのサイクリストとすれちがう。お互い疲れが見える中、笑顔で挨拶。よし、ここでパンを噛って燃料補給しよう。
もう当分登りはない。草津温泉まで千メートル近い標高差の豪快な下りの始まりだ。ぐんぐんスピードは上がり、時速五十キロを越える。日々鍛えたコーナリングの腕の見せどころだ。ほとんど減速せずにコーナーに突っ込む。車体を倒し込み、身体をアウト側へ落とす。このスピードなら後続の車を気にせず、車線をフルに使って走ることができる。大阪近辺ではこんなことはできない。また、この風を切る快感は車では味わえない。この生身で走る感覚はスキーに近い。志賀高原は山スキーの古典的フィールドである。いつかきっとここへスキーツアーに来よう。夏はマウンテンバイク、冬はマウンテンスキーでツアーなんて実にしゃれているではないか。スキーならばもちろんコースは道の上ではないが、もともとMTBはオフロード用である。コースを選べば同じコースを走ることも可能なはずだ。一方、こうして走っているとオンロードのツーリングも悪くないと思う。もともと登山道を走るために買ったのだが、MTBの能力は思ったより高く、オンロードでもなんら苦になるものはない。
「毒ガス危険、駐停車禁止」の標識が見えると白根火山だ。硫黄の匂いがきつい。近くに泊まっているのか空身のロードレーサーの一団とすれちがう。たいして多いわけではないがこちらの荷物に驚いている。ここから草津温泉まではカーブが多い。JRバスが前を塞いでいる。道は往復一車線ずつ。大きな車体は路肩までいっぱいで、カーブのたびに対向車線にはみ出してしまう。三十キロ以下のスピードである。あまりの遅さにイライラしてくる。さらに排気ガスをかけられるのでたまらない。見晴らしのよいところで抜こうと試みるが、対向車が多くうまくいかない。あきらめて停車する。どうせ抜けないのなら、今の間に休んだほうがいい。排気ガスを吸うようりはましだ。ついでにジャケットと長ズボンを脱ぐ。もう寒くはない。
気を取り直し再び出発だ。バスはどこかへ行ったようだ。気分よく突っ走る。調子に乗りすぎ、左カーブで対向車線にはみ出しそうになる。こんなところで事故を起こしては何をしに来たのかわからない。やはり飛ばしすぎはよくないようだ。ハンドルミラーで後続車を確認したら道を譲ることにする。
十時半すぎ、草津温泉到着。温泉街を一周見てまわり、再び坂を下る。正面に浅間山が見える。昼からはあの山のへりを登らねばならない。あまりの山の大きさに少し不安になる。
十一時半、下りが終わる。国道百四十四号との合流点にあったスーパーで昼食用の菓子パンを買い込む。暑い時でも食べやすく消化がよい高カロリー食だ。登山の時は絶対に米食なのだが、なぜか自転車に乗っている時は飯が喉を通らないので、もっぱらパンにしている。買い物を終え、国道沿いに西へ走る。羽根尾駅の前で、再びTシャツ、半ズボンに戻る。標高六百メートル、気温摂氏二十八度。体力を消耗させないコツはこまめに服を調整し、体温調節を助けることである。そうすれば、着替えに時間がかかっても、結果的には遠くへ行けることになる。
再び長い登りが始まる。浅間山の東側を越える国道百四十六号である。右へ左へ曲がる道が傾斜のきびしさを物語る。道のカーブがゆるくなるころ、右手に現れた休憩所でパンを食べる。だらだらと続く傾斜をひたすら登り、北軽井沢へたどり着いた。リゾートを楽しんでいる人々を尻目にペダルを回す。しかし一日に二回の山越えに体力は限界を迎えつつある。別荘地に続くのか木陰が気持ちのよさそうな地道が左右に分岐している。その中の一本に突っ込みしばし休憩。最高点の峰ノ茶屋まで標高差で三百メートルほど。あとひとふんばりだ。
午後二時三十分、峰の茶屋着。やっと登り終えた。しかし、ここで予定外の事実が判明した。旧軽井沢へ降りるための白糸ハイランドウェイが自転車通行禁止だったのだ。二キロほど手前で分岐していた道を降りればバイパスできるのはわかっていたが、戻るという行為に抵抗があるほど疲労していた。仕方なく旧軽井沢を諦め、まっすぐ中軽井沢へ降りる。
荒れた舗装の道を降りきり、三時十分、中軽井沢駅前着。予定は狂ったが軽井沢には違いないと自分を慰め、国道十八号を西へ向かう。今晩の宿泊予定地、小諸まであと二十キロ。前半は登りが続く。最高点千三メートルをすぎると下り一方、一気に距離が縮む。
午後四時三十分、小諸駅前着。駅前の観光案内所に駆け込み、宿を紹介してもらう。駅から三百メートルほどの所にある旅館だ。宿に入ると、荷物をぶちまけ、まず風呂にはいる。日焼けした肌がしみ、足の筋肉も痛む。しかし、無事に一日目が終わったという安心感と満足感が身体中に満ちていた。
一日目の走行距離九十八キロ、実走行時間六時間五十五分。メモ帳に記録をとり、就寝する。
翌日、七時半に宿を出発。国道十八号を西へ下る。途中のコンビニエンスストアで昼食用のパンを買い込む。
丸子町への標識に従い左折。途中道に迷うが、コンパスを頼りに何とか丸子町に到着。標高五百メートル。ここより南の大門峠へ向けて登りが始まる。
丸子町は大きな町である。自動車も多い。ビーナスラインから降りてきたのだろう、ランドナーに乗ったサイクリストとすれちがう。お互い右手を上げて挨拶。このちょっとした行為がお互いを元気づける。
丸子町も外れになると田舎らしい風景となる。道はカーブが少なく、ひたすらだらだらと登る。車もだんだん少なくなってくる。人家もなくなったころ、脇の日陰に入り、パンを噛って燃料補給。食べ終わるとまたひたすら登る。傾斜はきつくはないが、とにかく長い。傾斜のきついところは押していく。夏の日差しが容赦なく頭の上から照りつける。
谷川沿いの道となり、まだまだ登りが続く。川の音がサラサラと心地よく響いてくる。川へ降りる道があったので入ってみる。試しに水に手を入れてみると、恐ろしく冷たかった。これ幸いと、顔を洗う。缶ジュースを川で冷やして、しばし休憩。この缶ジュースが最後の飲料水である。川の水が飲めるのではないかと思ったが、見知らぬ土地で、上流に何があるかわからないので止めておく。
再び登り始める。前からランドナーに乗った女性が降りてきた。右手を上げて挨拶すると、照れくさそうに頭を下げてくれた。こんなところを走っている女性だから、男性顔負けの体力を持っているのだろうが、その照れた仕草がとても新鮮だった。
十二時をまわったころ、峠も近いのか、道が九十九折れ気味になる。後ろから上がってきた空身のロードレーサーが追い越してゆく。
十二時半、標高千四百メートルの大門峠に到着。ここまでで走行距離は五十キロになった。峠を抜けるとすぐに白樺湖だ。左右にビーナスラインが横切り、途端に車の数が増える。車にならんで白樺湖へ降りる。
手近にあった自動販売機でスポーツドリンクを買い込み飲み干す。二本ほど続けて飲み干し、食べ残していたパンを食べる。やっと一息つくことができた。
休憩後、せっかくなので、湖の周りのサイクリング道をゆっくりとまわってリゾート気分を楽しむ。
午後一時二十分、白樺湖を出発。ビーナスラインの料金所まで押し上げる。まず、一区間の料金五十円を払ってビーナスラインに入る。白樺湖から車山まではおもに登りとなる。ところどころきつい傾斜があってこたえる。富士見台展望所でちょっと休憩。曇がちで富士山は見えないが、そのぶん、八ヶ岳の美しさは感動ものだ。
二時二十五分、車山でのピーク、標高千八百メートル点を通過。自動車で持ってきたのか、MTBに乗ったカップルがいるが、乗り慣れていないのかいかにも危なげだ。こちらは一気に霧ヶ峰へ下る。自動車が多いが、雄大な景色に気分は爽快。十分とかからず霧ヶ峰に到着。
霧ヶ峰に着いた時、雨が少しぱらついてきた。上諏訪へ下ろうかとも考えたが、すぐやみそうなので、そのままビーナスラインを進む。
和田峠までは起伏が少なく、車も少ないので快適な道だ。ロードレーサーの一団とすれちがう。
雨はすぐにやんだ。しかし、和田峠から三峰山展望台までは再びきつい登りとなる。バーエンドにしがみつき、ペダルを回す。標高千七百メートルを越え、三峰山展望台へ。ここから扉峠までは下りが主となる。三峰山展望所で休憩。空気が冷たくて気持ちよいが、少し寒さを感じるようになる。
午後四時二十分、扉峠到着。まっすぐ進んで美ヶ原によりたいところだが、行ったが最後戻る時間がなさそうなので、ビーナスラインを降り、よもぎこば有料林道へ入る。カーブが多いが車がほとんどこないので、自由に走れる。
やがてゲートを抜け、三城へ。ここから下りのみとなるが、きつい坂のようなので、ヘルメットをつけ、長ズボンをはく。三城より松本への近道という、急な下りの道を降りる。ただでさえ十五パーセント以上の急坂なのに、滑り止め舗装の凹凸による振動で手が痛い。手がたえられなくなったころ、急坂がやっと終わった。松本へ続く道へ合流、緩やかに下っていくと、やがて松本市街が見えてきた。再びヘルメットを外す。
午後五時二十分、松本駅着。二日間のツーリングがついに終わった。二日目の走行距離百八キロ。二日間の合計距離二百六キロ。快い疲労と満足感を胸に大阪への夜行列車に乗り込んだ。
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